天下の義理は、『詩経』と『書経』に尽きる
太宰春台
このように『書経』には六つの体裁があり、その文は同じではないが、つまることろ全て先王の法言=聖天子が定めた法であり、天下国家の規矩*法則である。『詩経』には天下のあらゆる人間模様を尽くして、価値観を極めてあるが、『書経』には天下の究極の基準を載せて、価値観を極めているので、『春秋左氏伝』に「詩書は正義・価値観の府」と書いてある。
府とは財貨を収める倉庫*のことだ。天下の価値観は、『詩経』と『書経』でみな語り尽くされている、そういう意味だ。だから古人は何事につけ、人や事を論じたら、その終わりに『詩経』 、そうでなければ『書経』の一節を引用して、自分の正しさを証明したのだ。
『書経』は先王の法言だから、聞いた者は反論が出来なかったからである。先王の道が天下で尊ばれたというのは、これをいう。
『書経』は初めただ書と呼んでいたのを、漢の伏生から尚書*と呼ぶようになった。尚とは上であり、尊称するという事で、上古の書だから尊んで尚書と呼んだ。
六経の中で、ただ読んで文の意味を理解することでそれが学問になったのは、尚書だけである。書を学べば、天下の価値基準に通じることが出来、遠くのことが知れるので、経解に「疎通知遠は書の教えなり」と書いてある。疎通とは道理の筋道がきちんと分けられて、途中で行き詰まりが無いことを言う。人の才智がそのようになるのは、ひとえに『書経』の力である。
『荘子』に「書は以て事を言う」とあるのは、尚書は二帝三王の書であり、みな天下国家のことを記しているからだ。
坂井末雄編『漢文読書要訣』より。
規矩:コンパスと、さしがね(かぎ型のじょうぎ)。「其小枝巻曲而不中規矩=其の小枝は巻曲して規矩に中たらず」〔荘子・逍遥遊〕。または手本や規則など、物事の基準となるもの。
倉庫:漢文では穀物を収めるくらを倉といい、宝物を収めるくらを庫という。
尚書:
- 『書経』のこと。
- 官名、および官署名。秦・前漢には少府に属し、宮中の文書発行をつかさどった。後漢以後、政府を統轄する中枢機関となった。魏・晋以後、中書と門下に権力が移ったが、隋・唐代には中書・門下とならんで三省の一つとなり、行政の中央最高官庁となった。元以後には、尚書省に当たる行政官庁を中書省と呼んだ。
- 中央官庁の長官。「礼部尚書」。