春台先生、六経を語る(3)

六経は実用であり論語は精神を説く

太宰春台
太宰春台

六経は実用であり論語は精神を説く。六経があればこそ論語がある。六経がなくなれば、論語はただの架空の議論に過ぎない。例えば刀は物を切り、扇は風を起こす。刀を捨ててもの切り談義をし、扇を捨てて風起こし談義をしても、誰が分かるだろうか。

論語を至極上等とするなら、六経はその下になる。しかし『中庸』に、「仲尼堯舜を祖述し文武を憲章す」と書いてある。六経は即ち堯舜文武の道で、孔子が受け継ぎ、世の手本として明らかにしたまえる所なのに、論語の下に置いては冠履倒置というものだ。

凡そ先王の道というのは実践であり、実践は六経に書いてある。実践であるからこそ六芸とも言う。実践を捨てて精神の理だけ説くのは老子の道だ。実践を捨てて心を語るのは釈迦の道だ。学〔ぶ〕者はここをよくわきまえなくてはならない。これこそが道をわきまえる、ということだ。六経の根本的な意義だ。

経学と経済を合わせて経術と言う

また漢の時代に経術と言ったのは、六経を学んで国家の政治経済に用いることだった。宣帝が「公卿大臣は経術を用いて、政策上の価値判断を明らかにせよ」とのたまったのがこれである。政治経済には必ず六経を学び、先王の道を知った上で、位を得、時を得て行う。だから経学と経済を合わせて、経術と言ったのだ。

先王の道は天下を治める術だから、これを道術とも言った。漢書に権力者のカク光をそしって不学無術と言ったのも、経術の素養が無いことを突いたのだ。儒術学術というのも、みな経術を意味していた。漢の時代はまだ古い教えが残っていたから術と呼ぶのを嫌わなかったのだ。

ところが後世になって、術数・術解・妖術・幻術などという言葉が出来、宋儒は術の字をたいそう嫌ったが、これは間違いである。経術という言葉を嫌って、経学と言い換えて、ひたすら経書の思想的意義を追い求めて、精神の微妙を論議したがり、政治や経済は、何か儒学の外にあるもののように扱った。

その結果今では経学と政治経済を別物と見なしている者が学者にも大勢いるが、これは学術の歴史から見て宋儒が言い出したことで、彼らの生み出したわざわいだ。先王の道が天下の政治であるのに、六経がその道具であることを知らないからだ。

先王はみな聖人であるから、その行道を聖人の道という。孔子がそれを後世に伝えたまえる故に、孔子の道とも言う。孔子が伝えたまう道は、即ち六経の道である。


坂井末雄編『漢文読書要訣』より。

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