三 受身格の語法
受身格は、所動格、受動格、被動格などとも言う。要するに使役格の反対で、他により動かされて、他により然らしめられるの格である。この格を作るには、普通次の三種の方法がある。
- 見、被、所、為所、遇、受などの助動詞を用いたもの。
- 於、于、乎の前置詞によるもの。
- 前二項によらざるもの。
助動詞を用いた受身格
見(ル、らル)
- 須賈知見欺、乃膝行入謝罪。(『十八史略』秦昭襄王)
〔須賈欺か見るを知りて、乃ち膝行して入りて罪を謝す。〕 - 後又有尹淳、見召入經筵。(『十八史略』不明)
〔後又た尹淳有り、召さ見て經筵に入る。〕 - 百姓之不見保、爲不用恩焉。(『孟子』梁恵王上)
〔百姓之保た見不るは、不用の恩爲り焉。〕
被(ル、らル)
- 其徒楊時、在欽宗、光堯時、皆被攫。(『十八史略』不明)
〔其徒楊時、在欽宗、光堯時、皆攫え被る。〕 - 萬乘之國、被圍於趙。(『戦国策』)
〔萬乘之國、趙於圍ま被。〕 - 信而見疑、忠而被謗、能無怨乎。(『史記』屈原賈生伝)
〔信にし而疑わ見、忠にし而謗ら被るは、能く怨み無からん乎。〕
所(ところ)
- 所殺蛇白帝子、殺者赤帝子。(『史記』高祖紀)
〔殺さるる所の蛇は白帝の子、殺す者は赤帝の子。〕 - 所謂大臣者、以道事君、不可則止。(『論語』先進)
〔謂わるる所の大臣者、道を以いて君に事え、可なら不らば則ち止む。〕
爲所(ところトなル)
- 先則制人、後則爲人所制。(『史記』項羽紀)
〔先んずらば則ち人を制し、後るらば則ち人の制する所と爲る。〕 - 李平廖立、皆爲亮所廢。(『十八史略』三国)
〔李平・廖立、皆な亮に廢する所と爲る。〕 - 若屬皆且爲所禽。(『史記』項羽紀)
〔若が屬皆な且に禽わる所と爲らん。〕
遇・受・取(ル・らル)
- 蔡澤見逐於趙。而入韓魏。遇奪釜鬲於塗。(『戦国策』蔡澤見逐於趙)
〔蔡澤趙於逐わ見。し而韓魏に入り、釜鬲を塗於奪わ遇。〕 - 先絕齊後責地、且必受欺於張儀。(『戦国策』齊助楚攻秦)
〔先に齊を絕やして後地を責めば、且に必ず張儀於欺か受ん。〕 - 地曾不可得、乃取欺於亡國。(『韓非子』初見秦)
〔地曾て得可から不、乃ち亡國於欺か取。〕
これらの用例は極めて少ない。
前置詞を用いた受身格
於
- 治於人者食人、治人者食於人、天下之通義也。(『孟子』滕文公)
〔人於治めらるる者は人を食い、人を治める者は人於食わる、天下之通義也。〕 - 思以一毫挫於人、若撻之於市朝。(『孟子』公孫丑上)
〔一毫の人於挫かるるを以て思うは、之を市朝於撻るるが若し。〕 - 今舉進士於此世、求祿利。(韓愈「答陳商書」)
〔今此の世於進士に舉げられ、祿利を求む。〕
于(に)
- 且陽子之不賢、則將役于賢。(韓愈「争臣論」)
〔且つ陽子之れ賢なら不らば、則ち將に賢于役わされん。〕 - 憂心悄悄、慍于群小。(『孟子』尽心下引『詩経』邶風・柏舟)
〔憂心悄悄として、群小于慍まる。〕
乎(に、を)
- 在下位、不獲乎上、民不可得而治矣。(『中庸』)
〔下位に在りて上乎獲不らば、民は得而治む可から不る矣。〕 - 不順乎親、不信乎朋友矣。(『中庸』)
〔親乎順わ不らば、朋友乎信ぜられ不る矣。〕
前二項によらざる受身格
以下は受身の記号を文中に持たないが、文脈から受身に読むべき例。
- 子曰、忠吿而善道之、不可則止、毋自辱焉。(『論語』顔淵)
〔子曰く、忠吿し而善く之を道き、可なら不らば則止む、自ら辱しめ焉らる毋れ。〕 - 車服不維、刀鋸不加。(韓愈「送李愿歸盤谷序」)
〔車服に維がれ不、刀鋸も加えられ不。 - 事君數、斯辱矣。朋友數、斯疏矣。(『論語』里仁)
〔君に事えて數すらば、斯に辱めらるる矣。友と朋れるに數すらば、斯に疏まるる矣。〕 - 趙高用事於中、將軍有功亦誅、無功亦誅。(『史記』始皇帝紀)
趙高用いられて中於事え、將軍功有りて亦た誅せられ、功くして亦た誅せらる。 - 人皆寐則盲者不知、皆嘿則喑者不知。(『韓非子』六反)
〔人皆寐ぬれば則ち盲者も知られ不、皆嘿まれば則ち喑者も知られ不。〕 - 天下有道、小德役大德、小賢役大賢。(『孟子』離婁上)
〔天下に道有らば、小德は大德に役われ、小賢は大賢に役わる。〕 - 孟子曰、仁則榮、不仁則辱。(『孟子』公孫丑上)
〔孟子曰く、仁ならば則ち榮え、不仁ならば則ち辱めらる。〕 - 管仲死、豎刁、易牙、開方用。(蘇洵「管仲論」)
〔管仲死して、豎刁、易牙、開方用いらる。〕 - 孔子知言之不用、道之不行也。(『史記』太史公自序)
〔孔子言之用いられ不る、道之行われ不るを知る也〕 - 乾道以來屢召、不起。(『十八史略』南宋)
〔乾道以來屢ば召さるるも、起た不。〕