『漢文研究要訣』009:1-4白文訓読と造語法(2)表時格の語法

1.表時格の語法(承前)

過去を表すもの

既(すでニ)

  • 文王既沒、文不在茲乎。(『論語』子罕
    〔文王既に沒するも、文ここに在ら不る。〕
  • 聖人既竭目力焉、繼之以規矩準繩、以為方員平直、不可勝用也。(『孟子』離婁上)
    〔聖人既に目の力を竭し焉、之に繼ぐに規矩準繩を以う、以て方員平直為ること、用うるに勝う可から不る也。〕
  • 冉有曰、既庶矣、又何加焉。曰、富之。曰、既富矣、又何加焉。曰、敎之。(『論語』子路
    〔冉有曰く、既に庶し矣、又何をか加え焉ん。曰く、之を富まさん。曰く、既に富み矣、又何をか加え焉ん。曰く、之を敎えん。〕

已(すでニ)

  • 五日平明、良往。父已先在、怒曰、與老人期、後何也。去曰、後五日早會。(『史記』留侯世家)
    〔五日して平明、良往く。父已に先に在り、怒りて曰く、老人與ちて、後るるとは何ぞ也。去りて曰く、後五日してあさに會わん。〕
  • 今乘輿已駕矣、有司未知所之。(『孟子』梁恵王下)
    〔今乘輿已につなたるも、有司未だ之く所を知らず。〕
  • 宰我問、三年之喪、期已久矣。(『論語』陽貨
    〔宰我問う、三年之喪、期已に久しきなり。〕

既と已について、古来の学者はいろいろに考えるようだが、既は現在完了の意味が多く、已は過去に用いるのが普通のようである。しかし固より截然として区別は出来ない。

また、既已を畳用したものもある。之はもちろん強く言い表すためである。

  • 今陛下既已立后、慎夫人乃妾。(『史記』袁盎伝)
    〔今陛下既に已に后を立て、慎夫人乃ち妾たり。〕
  • 太子聞之馳往、伏尸而哭、極哀。既已不可柰何。(『史記』刺客伝)
    〔太子之を聞きて馳せ往き、尸に伏し而哭き、哀しみを極む。既に已に柰何ともす可から不。〕

業(すでニ)

  • 父曰、履我。良業為取履、因長跪履之。父以足受、笑而去。良殊大驚、隨目之。(『史記』留侯世家)
    〔父曰く、我に履かせよ、と。良業に為に履を取れるも、長ずるに因りて跪きて之に履かしむ。父足を以て受け、笑い而去る。良殊に大いに驚き、隨いて之をる。〕
  • 高帝召濞相之、謂曰、若狀有反相。心獨悔、業已拜。(『史記』吳王濞伝)
    〔高帝濞をして之を、謂いて曰く、狀に反くの相有るが若し、と。心に獨り悔やむも、業に已に*けたり。(拜:任じること。古語「まく」。)〕
  • 項王、范增疑沛公之有天下、業已講解。(『史記』項羽紀)
    〔項王、范增疑うらく、沛公之天下を有たんも、業に已に講解*せり。(講解:双方が納得して和解すること。)〕

「業已」または「已業」の畳用したものも、大体同じと見てよかろう。

嘗(かつテ)

  • 孔子嘗爲委吏矣。(『孟子』万章)
    〔孔子嘗て委吏と爲り矣。(委吏:穀物の倉庫の管理をする役人。)〕
  • 俎豆之事、則嘗聞之矣。(『論語』衛霊公
    〔俎豆之事は、則ち嘗て之を聞け矣。〕
  • 非公事。未嘗至於偃之室也。(『論語』雍也
    〔公事に非ずと。未だ嘗て偃之室於至らざる也。〕

曾(曽)(かつテ)

  • 玄宗歎曰、二十四郡曾無一人義士邪。(『十八史略』唐玄宗)
    〔玄宗歎きて曰く、二十四郡、曾て一人だに義士無き邪。〕
  • 臣侍湯藥、未曾廢離。(李密「陳情表」)
    〔臣湯藥もて侍り、未曾て廢て離れず。〕
  • 孝惠帝、曾春出游離宮。(『史記』叔孫通伝)
    〔孝惠帝、曾て春に出でて離宮に游ぶ。〕

「嘗」と「曾」の語義は、ほぼ同じと言って良かろう。ただし曾は嘗に比べてその意味がやや切迫しているようである。

嚮(さきニ)

  • 鄉爲身死而不受、今爲妻妾之奉爲之。(『孟子』告子)
    さきには身の死するが爲にし而も受け不、今妻妾之奉るが爲に之を爲す。〕
  • 然後知吾嚮之未始游、游於是乎始。(柳宗元「始得西山宴遊記」)
    〔然る後に吾がさき之未だ游びを始めず、游び是に於いて乎始まるを知る。〕
  • 向者曾經臣僚繳進、陛下置而不問。(蘇轍「爲兄軾上書」)
    さき曾て臣僚を經て繳進せるも、陛下置き而問わ不。(繳進:キョウシン・悪く申し上げる。)〕

鄉(郷)・嚮・向は、ともに同じく過去を言う副詞である。このほかに、往者・昔者・往昔・往古などがある。

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