『標準漢文法』034:2-1-2K形式名詞の小分(2)

第二節 名詞の小分〔承前〕

単純形式名詞〔承前〕

者〔承前〕

二「者」が作用の客体を表す場合
  • 其妻告其妾曰、良人出、則必饜酒肉而後反。問其與飮食、盡富貴也。而未嘗有顯者來。吾將瞯良人之所之也。蚤起、施從良人之所之。徧國中無與立談者。(『孟子』離婁下)
    〔其の妻其の妾に告げて曰く、良人出でば、則ち必ず酒肉にいて後に反る。其の與に飮食する者を問うときは、盡く富貴なり。而れども未だ嘗て顯者の來ること有らず。吾將に良人の之く所をうかがわんとす。つとに起きて、ななめに良人の之く所に從う。國中をあまねくすれども與に立ってかたる者無し。〕
  • 凡執事之擇於愈、非爲其能晨入夜歸也。必將有以取之。(韓愈「上張僕射書」)
    〔凡そ執事の愈於擇べる者は、其の能く晨に入り夜に歸るを爲すに非ざらん。必ず將に以て之に取ること有らんとす。〕

上の例の「者」は、  の動作の客体を表す。こういう場合に作用を表す語の上に「所」があると、「者」が客体を表すことが明確になる。それは「所」が客体を表す語であって、「者」が「所」と同じものを表すからである。例えば

  • 其良人出、則必饜酒肉而後反。其妻問與飮食、則盡富貴也。(『孟子』離婁下)
    〔其の良人出でば、則ち必ず酒肉に饜いて後に反る。其の妻與に飮食する所の者を問わば、則ち盡く富貴なり。〕
  • 司馬也。而司馬又醉如此。(『韓非子』十過)
    〔恃む所の者は司馬也。し而司馬又醉うこと此の如し。〕
  • 苟有以取之、雖不晨入而夜歸、其猶在也。(韓愈「上張僕射書」)
    〔苟も以て之に取る有らば、晨に入り夜に帰ら不と雖も、其の取る所の者は猶お在る也。〕
  • 昔者堯有天下、飯於土簋、飲於土鉶、其地南至交趾、北至幽都、東西至日月之出入、莫不賓服。(『韓非子』十過)
    〔昔者堯天下を有つも、土簋於くらい、土鉶於飲む。其の地南は交趾に至り、北は幽都に至り、東西は日月之出入する所の者に至り、賓服せ不るは莫し。〕

この場合、「者」はその上の  なる動作の客体を表すが、それは間接にそうなるので、「者」の意義を補充する語は上の「所」である。「所」は事物を指し、「者」は「所」を指すのだから、厳密に言えば上に「所」のある場合は、次の方にある”■七「者」が事物そのものを表す場合”の用法である。

この”二「者」が作用の客体を表す場合”の用法の中には、次のようなのがある。

  • 天其運乎。地其處乎。日月其爭於所乎。孰主張是。孰維綱是。孰居無事而推行是。意者其有機緘而不得已邪。意其運轉而不能自止邪。(『荘子』天運)
    〔天其それ運る乎。地其れ處る乎。日月其れ所於爭う乎。孰か是を主張せん。孰か是を維綱つなぎとめん。孰か無事に居り而是を推行せん。意者おもうに其れ機緘有り而已むを得不る邪。意い者其れ運轉し而自ら止む能わ不る邪。〕
  • 語之至者、臣不敢載之於書、其淺者又不足聽也。意臣愚而不概於王心邪。(『史記』范睢伝)
    〔之に語るに至る者、臣敢えては之を書於載せ不、其の淺き者は又聽くに足らる也。意者臣愚にし而王の心於れ不る邪。〕

この「意者」を「おもうに」と訓ずるが、文法的に言えば「者」は「おもう」の客体であって、何と意うか、その意う所を指すのである。日本語で言えば「思うのに」の「の」に当たるものである。

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