第一節 品詞(承前)
副詞
ここに副詞というのは、英文典などに所謂る前置詞、及び接続詞の或るものを含むのである。
□副詞は属性の概念を表し、他語の上に従属して他語の意義の運用を限定修飾するものであって、叙述性のない詞である。
- 「夫」天地者万物之逆旅、光陰者百代過客。(李太白「春夜宴桃李園序」劈頭)
〔夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり。〕 - 而浮生若レ夢、為レ歓幾何。古人秉レ燭夜遊「良」有レ以也。(同次)
〔而して浮生は夢のごとし、歓を為すこと幾何ぞ。古人燭を秉りて夜遊ぶ、良に以て有るなり。〕 - 「況」陽春召レ我以二煙景一、大塊仮レ我以二文章一。(同次)
〔況んや陽春我を召くに煙景を以い、大塊の我に仮すに文章を以いるをや。〕 - 会二桃李之芳園一、序二天倫之楽事一。群季俊秀「皆」爲二恵連一。吾人詠歌「独」慚二康楽一。(同次)
〔桃李の芳園に会して、天倫の楽事を序す。群季の俊秀は、皆恵連たり。吾人の詠歌は、独り康楽に慚づ。〕 - 幽賞「未」已高談転清。開二瓊筵一「以」坐レ花、飛二羽觴一而酔レ月。(同次)
〔幽賞未だ已まず、高談転た清し。瓊筵を開きて以て花に坐し、羽觴を飛ばして月に酔ふ。〕 - 不レ有二佳作一、「何」伸二雅懐一。「如」詩不レ成、罰依二金谷酒数一。(同次)
〔佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。如し詩成らずんば、罰は金谷の酒数に依らん。〕
の「 」は、みな副詞である。それぞれその下の語へ従属し、その意義の運用を限定修飾している。
副詞は多く動詞の上に用いられ、連体詞は名詞の上に用いられる。併しそれは大体のことであって、必ずそうとばかりは言えない。副詞の中にも名詞の上に用いられ、名詞の意義の運用を修飾するものがある。例えば
- 「惟」回鶻、於レ唐最親。(韓愈「殷員外序」)
〔惟だ回鶻、唐於最も親し。〕 - 呂氏之族、若二産禄一輩皆庸才不レ足レ䘏。「独」噲豪傑諸将所レ不二能制一。後世之患無レ大レ於二此者一矣。(蘇老泉「高祖論」)
〔呂氏之族、産禄輩の若きは皆な庸才にして䘏えるに足ら不。独り噲は豪傑にして諸将の能く制せ不る所。後世之患いは此の者於り大は無き矣。〕 - 「況」当レ陵者、豈易レ為レ力哉。(李陵「答蘇武書」)
〔況んや陵に当る者、豈に力を為し易からん哉。〕
の「唯惟」「独」「況」は、名詞○○の上に従属しても、名詞の意義そのものを修飾するのではなく、意義の運用を修飾するのである。意義の取り扱い方を表すのである。
副詞という語は、欧語Adverbの訳語である。直訳すれば副動詞であって、原義は動詞の前へ副える意である。副体詞に対して副用詞というべきであるが、慣用に従って副詞と言っておく。
接続詞
□世の文法書は、多く接続詞という品詞を立てている。例えば次の「 」の類である。
- 求也退、「故」進レ之。由也兼人、「故」退レ之。(『論語』先進)
〔求也退く、故に之を進む。由也人を兼ぬ、故に之を退く。〕 - 項王曰賜二之彘肩一。「則」与二一生彘肩一。(『史記』項羽本紀)
〔項王曰く、之に彘肩を賜えと。則ち一の生彘肩を与う。〕 - 今夫当レ為而不為。「又」誘二館中他人「及」後生者一。此大惑已。(柳子厚「与韓愈論史書」)
〔今夫れ当に為すべくし而為ざ不。又た館中の他人及び後生の者を誘う。此れ大いに惑える已。〕 - 飲「且」食兮寿而康。無不レ足兮奚所レ望。(韓愈「送李愿序」)
〔飲み且つ食らうかな、寿くし而康かなり。足らざる無きかな、奚ぞ望む所あらん。〕
上下の語を接続するから、接続詞には相違ない。併しこれ〔ら〕は、下の語の意義の運用を註解するのであるから、副詞である。ただ通常の副詞と違う点は、上の語の意義を承け、その意義を借りて下の語の運用を表すことにある。則ち、承前的副詞とも言うべきものである。
接続詞という一品詞を立てては、副詞であって同時に接続詞であることになるから、不都合である。
前置詞
□欧語文典に所謂る前置詞(Preposition)は、漢文で言えば「於」「以」などの類だ。「以レ礼為レ羅」「於レ是知レ之」の「以」「於」の様に、名詞の前へ置くから前置詞というのであるが、名詞を率いて名詞と共に、一つの連詞を成して、その次の動詞を修飾するのである。
「以礼為羅」の「以レ礼」は、「為レ羅」を修飾し、「於是知之」の「於レ是」は、「知レ之」を修飾する。そうして「以レ礼」「於レ是」の「是」「礼」は、「以」「於」の意義を補うためであって、意義の代表部は「以」「於」であるから、「以」「於」が「為礼」「知之」を修飾するとも言える。
それであるから「以」「於」は、一種の副詞である。ただ意義が不完備であって、その次へ名詞を置いて、その不完備を補充する必要があるだけである。副詞には相違ない。前置詞という一品詞を立てることは、不合理である。
冒称副詞
名詞も他語の意義の運用へ従属して、之を修飾する場合がある。例えば
- 朝聞遊子唱二離歌一、昨夜微霜初渡レ河、鴻雁不レ堪二愁裏聴一、雲山況是客中過。(李頎「送魏万」)
〔朝に聞く遊子の離歌を唱うを。昨夜微霜初めて河を渡り、鴻雁愁裏聴くに堪え不。雲山況んや是れ客中に過ぐるをや。〕 - 去年燕巣二主人屋一、今年花発路傍枝、年年為レ客不レ到レ舍、旧国存亡那得レ知。(薛業「洪州客舎寄柳博士芳」)
〔去年燕は主人の屋に巣をかく、今年花は発く路傍の枝、年年客と為りて舍に到ら不、旧国の存亡那ぞ知るを得ん。〕 - 楼前相望不二相知一、陌上相逢詎相識。(盧照鄰「長安古意」)
〔楼前に相い望んで相い知ら不、陌上に相い逢う詎ぞ相い識らん。〕
の○○などがそうだ。之を名詞の連用的用法という。苟くも名詞である以上、副詞ではない。