『標準漢文法』019:2-1-1E副詞

第一節 品詞(承前)

副詞

ここに副詞というのは、英文典などに所謂る前置詞、及び接続詞の或るものを含むのである。

□副詞は属性の概念を表し、他語の上に従属して他語の意義の運用を限定修飾するものであって、叙述性のない詞である。

  • 「夫」天地者万物之逆旅、光陰者百代過客。(李太白「春夜宴桃李園序」劈頭)
    〔夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり。〕
  • 而浮生若夢、為歓幾何。古人秉燭夜遊「良」有以也。(同次)
    〔而して浮生は夢のごとし、歓を為すこと幾何ぞ。古人燭を秉りて夜遊ぶ、良に以て有るなり。〕
  • 「況」陽春召我以煙景、大塊仮我以文章。(同次)
    〔況んや陽春我を召くに煙景を以い、大塊の我に仮すに文章を以いるをや。〕
  • 桃李之芳園、序天倫之楽事。群季俊秀「皆」爲恵連。吾人詠歌「独」慚康楽。(同次)
    〔桃李の芳園に会して、天倫の楽事を序す。群季の俊秀は、皆恵連たり。吾人の詠歌は、独り康楽に慚づ。〕
  • 幽賞「未」已高談転清。開瓊筵「以」坐花、飛羽觴而酔月。(同次)
    〔幽賞未だ已まず、高談うたた清し。瓊筵を開きて以て花に坐し、羽觴を飛ばして月に酔ふ。〕
  • 佳作、「何」伸雅懐。「如」詩不成、罰依金谷酒数。(同次)
    〔佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。如し詩成らずんば、罰は金谷の酒数に依らん。〕

の「 」は、みな副詞である。それぞれその下の語へ従属し、その意義の運用を限定修飾している。

副詞は多く動詞の上に用いられ、連体詞は名詞の上に用いられる。併しそれは大体のことであって、必ずそうとばかりは言えない。副詞の中にも名詞の上に用いられ、名詞の意義の運用を修飾するものがある。例えば

  • 「惟」回鶻○○、於唐最親。(韓愈「殷員外序」)
    〔惟だ回鶻ういぐる、唐於最も親し。〕
  • 呂氏之族、若産禄輩皆庸才不䘏。「独」豪傑諸将所能制。後世之患無此者矣。(蘇老泉「高祖論」)
    〔呂氏之族、産禄輩の若きは皆な庸才にしてうれえるに足ら不。独り噲は豪傑にして諸将の能く制せ不る所。後世之患いは此の者於り大は無き矣。〕
  • 「況」陵者○○○、豈易力哉。(李陵「答蘇武書」)
    〔況んや陵に当る者、豈に力を為し易からん哉。〕

の「惟」「独」「況」は、名詞○○の上に従属しても、名詞の意義そのものを修飾するのではなく、意義の運用を修飾するのである。意義の取り扱い方を表すのである。

副詞という語は、欧語Adverbの訳語である。直訳すれば副動詞であって、原義は動詞の前へ副える意である。副体詞に対して副用詞というべきであるが、慣用に従って副詞と言っておく。

接続詞

□世の文法書は、多く接続詞という品詞を立てている。例えば次の「 」の類である。

  • 求也退、「故」進之。由也兼人、「故」退之。(『論語』先進
    〔求也退く、故に之を進む。由也人を兼ぬ、故に之を退く。〕
  • 項王曰賜之彘肩。「則」与一生彘肩。(『史記』項羽本紀)
    〔項王曰く、之に彘肩を賜えと。則ち一の生彘肩を与う。〕
  • 今夫当為而不為。「又」誘館中他人「及」後生者。此大惑已。(柳子厚「与韓愈論史書」)
    〔今まさに為すべくし而為ざ不。又た館中の他人及び後生の者を誘う。此れ大いに惑えるのみ。〕
  • 飲「且」食兮寿而康。無不足兮奚所望。(韓愈「送李愿序」)
    〔飲み且つ食らうかな、寿くし而康かなり。足らざる無きかな、奚ぞ望む所あらん。〕

上下の語を接続するから、接続詞には相違ない。併しこれ〔ら〕は、下の語の意義の運用を註解するのであるから、副詞である。ただ通常の副詞と違う点は、上の語の意義を承け、その意義を借りて下の語の運用を表すことにある。則ち、承前的副詞とも言うべきものである。

接続詞という一品詞を立てては、副詞であって同時に接続詞であることになるから、不都合である。

前置詞

□欧語文典に所謂る前置詞(Preposition)は、漢文で言えば「於」「以」などの類だ。「以礼為あみ」「於是知之」の「以」「於」の様に、名詞の前へ置くから前置詞というのであるが、名詞を率いて名詞と共に、一つの連詞を成して、その次の動詞を修飾するのである。

「以礼為羅」の「以礼」は、「為羅」を修飾し、「於是知之」の「於是」は、「知之」を修飾する。そうして「以礼」「於是」の「是」「礼」は、「以」「於」の意義を補うためであって、意義の代表部は「以」「於」であるから、「以」「於」が「為礼」「知之」を修飾するとも言える。

それであるから「以」「於」は、一種の副詞である。ただ意義が不完備であって、その次へ名詞を置いて、その不完備を補充する必要があるだけである。副詞には相違ない。前置詞という一品詞を立てることは、不合理である。

冒称副詞

名詞も他語の意義の運用へ従属して、之を修飾する場合がある。例えば

  • 聞遊子唱離歌昨夜○○微霜初渡河、鴻雁不愁裏○○、雲山況是客中○○過。(李頎「送魏万」)
    〔朝に聞く遊子の離歌を唱うを。昨夜微霜初めて河を渡り、鴻雁愁裏聴くに堪え不。雲山況んや是れ客中に過ぐるをや。〕
  • 去年○○燕巣主人屋今年○○花発路傍枝、年年○○客不舍、旧国存亡那得知。(薛業「洪州客舎寄柳博士芳」)
    〔去年燕は主人の屋に巣をかく、今年花は発く路傍の枝、年年客と為りて舍に到ら不、旧国の存亡なんぞ知るを得ん。〕
  • 楼前○○相望不相知陌上○○相逢詎相識。(盧照鄰「長安古意」)
    〔楼前に相い望んで相い知ら不、陌上に相い逢うなんぞ相い識らん。〕

の○○などがそうだ。之を名詞の連用的用法という。苟くも名詞である以上、副詞ではない。

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