『標準漢文法』006:1-1-2C断句

第二節 言語の構成(承前)

断句

断句(sentence)は説話の単位であって断定を表示するものである。即ち或る事柄に対する主観の了解を表すものである。断定の所に挙げた

  • この花は美しい。
  • 綺麗な花が咲いているなあ。
  • 泥棒!
  • あら!

のようなものは、それぞれその断定をあらわすものであるから、皆断句である。

断句は必ずしも主語を有するものではない。世の文法書は多く断句を文章と名付け、これを定義して、文章とは主語と述語とを有し意義の終止しているものであると言い、主語と述語とを文章の必須成分としているが、其れは誤りであろうと思う。断句(文章)の中には主語の無いものが沢山有る。例えば

  • 是歳之春雨麦於岐山之陽。(蘇東坡喜雨亭記)
    〔是の歳之春、麦を岐山之みなみらす。〕
  • 太行之陽有盤谷。(韓愈送李煕序)
    〔太行之みなみ、盤谷有り。〕
  • 夫以夫子之不一レ時。(同送董邵南序)
    〔夫れ夫子之時に遇わ不るを以う。〕
  • 其然豈其然乎。(論語憲問
    〔其れ然り、豈に其れ然らん乎。〕
  • 然。(孟子告子上)
    〔然り。〕
  • ナカレ。(論語雍也
  • シカリ。(同里仁

などは皆主語が無い。これを断句では無いと誰が言い得ようか。殊に主観的断句に在っては絶対に主語述語の有るべきものではない。断句は必ず主語を要すると思うことは西洋文典の直訳であるし、西洋の学者がそう思ったのは彼らの言語に於いて断句に主語の無い場合が少ないからである。

断句は必ず短いとは限らない。断句にもずいぶん長いものがある。例えば

  • 鄉使二世有庸主之行一、而任忠賢一、臣主一心而憂海內之患一、縞素而正先帝之過一、地分民以封功臣之後一、國立君以禮天下一、囹圉而免刑戮一、去收帑汙穢之罪一、使各反其鄉里一、倉廩一、財幣一、以賑孤獨窮困之士一、賦少事、以佐百姓之急一、法省刑以持其後一、使天下之人皆得自新上一、節修行、各慎其身一、萬民之望一、而以威德天下一、天下集矣。(賈誼「過秦論」)

さきに二世を使て庸主之行い有らしむるも、し而忠賢に任せ、臣主心を一にし而海內之患いを憂い、縞素ぶくし而先帝之過ちを正し、地を裂き民を分ちて以て功臣之後を封じ、國を建て君を立てて以て天下をおさめ、れいぎょを虛くし而刑戮を免じ、收帑汙穢之罪を除き去り、各の其の鄉里に反ら使め、倉廩を發き、財幣を散らし、以て孤獨窮困之士を賑わし、賦を輕くし事を少くし、以て百姓之急を佐け、法をみ刑を省きて以て其の後を持ち、天下之人を使て皆な自らあらたなるを得しめ、節を更め行いを修め、各の其の身を慎しましめ、萬民之望をおおい、し而威德を以て天下にあづからば、天下集う矣。

縞素:喪服を着る。喪に服す。囹圉:牢獄。收帑:=収奴。連座して奴隷に落とされること。汙穢:=汚穢。けがらわしい行為。


などは百三十五字有る一つの断句である。長いようだが結局は「鄉使二世如此、天下集矣*」という一段句なのである。

断句を世間では文あるいは文章と言っているが、其れは不適当な用語だろうと思う。文あるいは文章とは元来、祭十二郎文*とか岳陽楼記*とか言うような、一つの体系に内容の統一されたものを指す語であって、断定を指すものではない。「月出」の二字を一つの文章だと言ったらば、初めて聞く人は了解が出来まいと思う。

断句という意義を表すには、本来「句」と〔いう〕語があるのである。字典に拠れば句とは意義の尽くる処である。即ち断句のことである、併し句という語は悪用されてまだ断句にならないもの、例えば歌の一句などをも指すようになったから、断句を句というと誤解されやすい。そこで私は断の字を加えて断句という。断たれた句と解しても断定の句と解しても善い。


鄉使二世如此、天下集矣:”秦の二世皇帝は、始めからこのようにしていれば、天下の信望が集まったのだ”。

祭十二郎文:唐の韓愈(768-824)が甥を弔った弔辞。

岳陽楼記:宋の范仲淹(989-1052)による散文。「天下の憂いに先んじて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ」で名を残した。

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