『標準漢文法』000自序

著者*は少年の頃から国語漢文殊に其の文法に興味を持って居ったので、研究というほどのことではないまでも、旦暮*文法の問題が頭を支配して居った。斯くて漢文典として考えを一巻にまとめて見ようという志を起こし、何冊書いて見たか知れないのであるが、自分の満足する様なものは中々出来なかった。最初から数えると三十幾年になる今日ようよう一冊書き上げて世間へ発表して見ようという考えになったのが此の標準漢文法である。

この書には著者の始めて考え出した事柄が非常に多い。其れらに多少の取りえがあるかそれとも愚論であるかを敢えて天下に訴えようと思うのである。謙遜なしに言えばまさか全文が愚論である様なことも無さそうものだと思う。若し一小部分でも世間に是認せられるならば著者の非常な光栄である。それで新説の所へはなるべく漏らさない様に其の項の最初の行の頭へ□を付けて置いた。□の有る所は批評の態度を以て特に注意される様に願いたいと思う。いけないと決まった点は重刊の際には必ず一々訂正する考えである。

此の書に引用した例証はなるべく一般の人にも読まれる本から取った。論語、孟子、春秋左氏伝、史記列伝、老子、荘子、韓非子を主とし、荀子、墨子、礼記、大学、中庸などからも若干を取り、古いものでは尚書、詩経から取り、また新しいものでは唐宋八家文、文章軌範、唐詩選、三体詩などから取った。孫引きは一句もしていない。

著者の日本文法に対する考えは別著標準日本文法と称する一巻に発表してある。漢文を国語と対照する上に於いて幸いに卑見を徴しようとされる方が有らせられるならば一覧を賜る様に願いたいと思う。

昭和二年十月九日

著者しるす


著者:松下大三郎(まつした だいざぶろう、1878-1935)。静岡県出身。号は曲水。1898年、國學院を卒業。1905年、宏文学院教授となり中国留学生教育に従事、また1913年、日華学院を創立した。1924年、國學院大學講師、のち教授となり、1932年、文学博士。その日本語文法理論は「松下文法」とよばれ、言語構造を、なんらかの断定を表す断句、その成分たる詞、詞の材料となる原辞の3段階でとらえる。

旦暮:夜明けと日暮れ。朝夕。

なお漢文を原文で読もうという人に、旦暮に注釈を付けるのはやや失礼ではないかと思わなくも無いが、世に言うAlex問題の派生形として、本サイトに記された文字列がどう解釈されるかだけでなく、どう解釈されないか、まで考える必要があろうかと思って付けた注ではない。

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