第一節 品詞(承前)
変態品詞
単性詞に正態詞と変態詞の二種がある。
正態詞とは本来の単性詞を言う。本来、ただ一つの性能を有するものである。例えば「花」という名詞は、本来ただ名詞的性能を有し、「開」という動詞は、本来ただ動詞的性能を有する。
変態詞は、一詞でありながら二つの性能を有し、二性能の一方は一方に従属しており、一方が一方を統率して全体を代表することによって、二性能が一性能化されているものである。例えば
- 送三秘書晁監還二日本一。(王維「送秘書晁監還日本」)
〔秘書晁監の日本に還るを送る〕
の「還」の類だ。「還」は、晁監の動作を叙述する点は動詞であるが、その「送」に対して送られる客体を表す点は、名詞的である。即ち、動詞的性能を材料として作られた名詞である。
動詞的と名詞的との二性能を持っておっても、その動詞的たる点は、材料として名詞的たる点に従属し、名詞的たる点が、動詞的たる点を統率して、全体を代表しているのであるから、之を全体から見れば、矢張り一つの名詞であると言うことが出来る。決して複性ではなくて、矢張り単性である。
しかしその内部には、材料として動詞的性能が潜んでいるから、名詞ではあっても、動詞的名詞である。こういう品詞を変態品詞という。
- 子 焉而不レ父二其父一、臣 焉而不レ君二其君一。(韓愈「原道」)
〔子焉*し而其の父を父とせ不、臣焉し而其の君を君とせ不。〕
の●は、名詞的性能を含んでいる動詞である。子・父・臣・君という事物を表す点は名詞的性質であるが、しかも
- 与レ人為レ子而不下以二其父一為上レ父、与レ人為レ臣而不下以二其君一為上レ君
と同義で、1.の「子」「臣」は2.の「為子」「為臣」に当たり、1.の「父」「君」は2.の「為レ父」「為レ君」に当たるのである。みな「為」は「為」の意味に使われている。そうして名詞的意義は材料であって、「為」或は「為」という動詞的意義が代表的意義であるから、●は名詞ではなくて名詞性動詞だ。これも矢張り変態品詞である。
の「以」「為」が、単に「以て」「為に」の意ならば副詞であるが、これは「以てする」の意「為にする」の意であるから、副詞的意義を材料にした動詞である。之を副詞性動詞という。こういうのも変態品詞である。
変態詞は、一詞が二詞と同様の性能を持っている。しかしその二つの性能の内一方が、他の一方を統率して全体を代表しているのであるから、二性能が一性能化される。それゆえ品詞別は、その代表的性能によって之を定めることが出来る。即ち動詞性名詞は名詞であり、名詞性動詞は動詞である。両品詞の合いの子ではない。彼の複性詞とは訳が違う。
焉:私=九去堂は原則として漢文に置き字を認めない=読み手の都合で文字に意味が無いと決めつけない立場なので、焉も「たり」”である”という助動詞、松下文法に従うなら動詞と解釈している。もちろん日本語に置き換えようのない漢字はあるので、置き字全廃論では無い。